一生懸命生きている時や、何かに没頭している時は変化など求めない。

あなたが赤ちゃんに愛情を注ぐ時は、あなたは一切見返りを求めません。でも大人になって社会的な思考が芽生えると、どうにもギブアンドテイクや損得の概念があなたの邪魔をしてしまいます。

そしてまた面白いことに、普段あなたが一生懸命何かに没頭している時には、人に変化を求めるような思考は出てきません。むしろ自分が自分らしく生きている時は、みんなが喜ぶことなら何でもするという普遍的な愛と情熱のエネルギーで満ち溢れ、人に変化を求めるという惨めな感覚が入れる余地がありません。自分が自分らしく生きれていない時や、将来への不安という時間をベースにした概念が出てくる時のみ、これらの思考が回ってしまうのです。

他人へ思うことは自分へ思うこと

これを心得ることが出来ると、自分の内面を受け入れ、自分のさらなる進化に繋げることができます。自分が自分の理想に到達していないから、他人に自分を見てしまい、自分が出来ていないことに嫌気が指してしまう。自分に厳しすぎると、他人にも厳しくなってしまう。人生では一生懸命生きることが大切です。そして自分に厳しく、高みを目指すことも大切です。しかしその厳しさが自分への劣等感となってしまうことが問題なのです。

人生で唯一責任を持つべきもの、それは自分の感覚です。他人を思いやることも大切です。ですがその「思いやり」と錯覚する「強制的な変化への期待」が、人間関係における歪みを生み出すこととなってします。

全ての思考と感覚は自分の責任。
他人との関係を改善する3つの選択。

  1. 許容
  2. 実用的に協力をお願いする
  3. 関係をやめる

人に思うことが何であれ、その思考は100%自分に責任があります。「私だったらこうするのに」「私だったらこう思うのに」「何であなたはそうするの?」等の感覚は、あくまでも自分ベースの考えです。これらがまず絶対的な真実かどうかも疑う必要があります。さらに他人の変化を期待する時の感覚さえをも必要なのか?ということも考えなければなりません。他人との関係においては、許容するか、実用的に協力をお願いするか、関係をやめるかの3択です。

1. 許容

もし長期に渡って同じことをその人に伝えていて、変わらないとしたら、それはその人のあり方であると認めてあげるしかありません。それが私たちがその人に出来る最善のことです。人を認めて生きるのか、変わらないものを変えようと抵抗して生きるのか。どちらが心地よいでしょうか。人を認めた方が心地よいのです。

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